
国内優先権制度とは、国内で出願した先の発明をもとに、改良したり新たに発明したりした内容(後の発明)がある場合、先の発明と後の発明をまとめて権利化できる制度です。
本記事では、国内優先権制度の概要やメリット、具体的な活用パターンや、利用上の留意点までを解説します。
国内優先権制度の概要
国内優先権制度とは、国内で出願済みの発明を基礎とする改良発明や、新たな発明をまとめて権利化するための特許法上の制度です。
優先権を主張できるのは1つめの特許出願日から1年以内
A社がある発明につき特許を出願していたとします(これを「特許出願①」とします)。
その後同社は、特許出願①をもとにさらなる改良を加えた発明をし、「特許出願②」を出願しました。このような場合、同社は、特許出願①の出願日から1年以内であれば、特許出願②の出願に際して国内優先権を主張できます。
優先権の主張とはどのようなことか
日本の特許法は、先に特許出願した者に権利を認める先願主義を採用しています。
このため、前出のB社がA社の特許出願①の内容をもとに新たな発明をし、「特許出願③」としてA社の特許出願②に先立って出願した場合、原則としてA社の特許出願②は保護されません。
しかし、このようなケースでA社が国内優先権制度を主張して特許出願②を出願すれば、特許出願①と②をまとめて保護できます。
国内優先権制度では、特許出願②の内容のうち①と重なる部分の実体審査の判断は、①の出願時を基準に行われます。よってA社は、B社の特許出願③に妨げられることなく、改良発明②を保護できるのです。
国内優先権制度を利用するための要件
国内優先権制度は、特許法第41条に規定されています。国内優先権を主張するための要件を詳しく見ていきましょう。
国内優先権を出願できる者
国内優先権を主張できる者は、特許を受けようとする者であって、先の出願(上の事例では「特許出願①」)をした者(またはその承継人)に限られます。すなわち、先の出願をした出願人と後の出願(上の事例では「特許出願②」)をする出願人とが同じでなくてはなりません。
なお、先の出願人が複数人いる共同出願の場合は、その全員が後の出願人と一致している必要があります。
国内優先権を出願できる期間
国内優先権を出願できる期間は、先の出願日から1年以内です。ただし、故意でない場合に限り、先の出願日から1年2ヶ月以内まで認められます。
基礎となる「先の特許出願」の除外事由
国内優先権の主張の基礎となる「先の特許出願」には、次の4つの除外事由があります。
【4つの除外事由】
先の出願が出願の分割にかかる新たな出願、出願の変更にかかる出願または実用新案登録に基づく特許出願である場合
先の出願がその特許出願の際に放棄され、取り下げられ、または却下されている場合
先の出願について、その特許出願の際に、査定または審決が確定している場合
先の出願について、その特許出願の際に、実用新案権の設定の登録がされている場合
つまり、基礎となる先の特許出願がこれら4つのいずれにも当てはまらないことが、優先権主張の要件となっています。
国内優先権制度を活用するメリット
国内優先権制度の効果は、特許法第41条第2項に定められています。この規定がもたらす最大のメリットは、技術開発の成果を包括的に保護できるという点です。
特許法第41条第2項
特許法第41条第2項によると、優先権の主張をともなう特許出願(後の出願)にかかる発明のうち、その優先権の主張の基礎とされた出願(先の出願)に添付された明細書、特許請求の範囲、図面などに記載された発明については、新規性や進歩性といった実体審査の規定の適用にあたり「先の出願の時にされたものとみなす」と定められています。
技術開発の成果を包括的に保護できる
特許法第41条第2項に規定された国内優先権制度の効果は、技術開発の成果を包括的に保護したい者にとって、大きなメリットをもたらします。
冒頭のA社の例でいうと、特許出願①と同②の間にB社による特許出願③があったとしても、特許出願②でA社の国内優先権が認められれば、①の出願時を基準に実体審査が行われるため、B社の特許出願③は排除されます。①と②の間に公知の情報が出てきた場合も同様です。
特許法上の先願主義のもとでは、A社はいち早く特許を出願しておかなければなりません。一方で、技術開発では、特許出願後のさらなる研究開発で改良点や新たな発明が生まれることも珍しくありません。
しかし、特許法では出願後の新規事項の追加が禁じられており、出願時点でできる限り明細書等の記載を充実させなければなりません。
そこで、先の特許出願で迅速な出願を終えておくとともに、優先権主張をともなう後の特許出願において改良点や新たな発明を追加し、包括的な特許権を取得することで、迅速な出願と強力な権利保護の両立を図るのです。
国内優先権制度の活用類型
特許実務上、国内優先権制度の活用類型は次の4つに大別されます。
実施例を補充するパターン
1つ目の活用類型は、請求の範囲の実施例の補充に使われるパターンです。
たとえば、請求項に広く「鎮痛剤」との記載があり、その実施例が「頭痛を緩和すること」だけであれば、請求項の「鎮痛剤」が「頭痛薬」に限定されてしまう可能性が残ります。
そこで、後の出願で優先権を主張しつつ、「筋肉痛を緩和すること」「直腸痛を緩和すること」などの実施例を補充することで、「鎮痛剤」の範囲を広く包含した特許権の保護を図ります。
単一性のある発明を追加するパターン
2つ目の活用類型は、単一性のある新たな発明を追加するパターンです。
単一性とは、複数の発明を単一の願書で特許出願するための条件です。複数の発明に同一ないし対応する技術的関連性がある場合に、単一性が認められます。
たとえば、「植物栽培に適した換気構造の発明」について特許出願した後、「その換気構造を備えた栽培施設」を新たに発明した場合、当該栽培施設の出願の際に優先権を主張することで、換気構造の発明と栽培施設の発明をまとめて保護できます。
上位概念にまとめるパターン
3つ目の活用類型は、下位概念の複数の発明を1つの上位概念にまとめるパターンです。
たとえば、「防水加工が施された壁材」を特許出願した後に、その防水加工の仕組みを屋根材や床材など建築材料全般に適用できることが判明した場合、これらを上位概念化し、まとめて権利保護することが考えられます。
そこで、先の特許出願を基礎として優先権を主張し、「防水加工が施された建築材料」について特許出願します。
補正の代わりに利用するパターン
国内優先権制度は、補正の代用としても活用されています。
特許出願で明細書や請求の範囲に誤記や不明瞭な記載をしてしまったときは、補正書を提出して補正できます。しかし、補正内容が「新規事項の追加」に当たると判断されると、拒絶通知がおくられてきてしまいます。
そこで、誤記や不明瞭な記載を確実に解消し、拒絶通知を回避する方法として、優先権の主張とともに新たな特許を出願することが考えられます。
制度利用上の留意点
国内優先権制度を利用する際には、次の4つの点に注意が必要です。
1.先の出願に記載のない事項
先の出願に記載されていない事項は、優先権が認められません。後の出願時を基準に新規性や進歩性が審査されることに注意しましょう。
2.先の出願の取り下げ擬制
国内優先権制度が適用された場合、原則として、先の出願はその出願日から1年4ヶ月を経過したときに取り下げられたものとみなされます(取り下げ擬制)。
一方、国内優先権の主張は、先の出願日から1年4ヶ月までは取り下げ可能です。国内優先権の主張がこの期間内に取り下げられた場合は、先の出願の取り下げ擬制は解消され、先の出願と後の出願がそれぞれ独立した出願として扱われます。
3.先の出願が複数ある場合
国内優先権制度では、複数の「先の出願」をもとに複数の優先権を主張できます。このとき、優先権の主張をともなう後の出願ができる期間の起算点は、先の出願のうち最も早い出願日となります。
すなわち、基礎となる特許出願のうち最も早い出願日から1年以内に、優先権の主張をともなう後の出願をしなければなりません。
4.累積的な国内優先権主張の禁止
国内優先権制度では、累積的な優先権主張はできません。
たとえば、特許出願Xをもとに優先権主張をともなう特許出願Yがあり、さらに特許出願Yをもとに優先権主張をともなう特許出願Zがあったとします。
このとき、特許出願Yの明細書等に記載されている事項のうち、特許出願Xの明細書等にも記載されている事項については、特許出願Zにおける優先権を主張できません。なぜなら、このような累積的な適用を認めてしまうと、特許出願Xを基礎とする優先権主張ができる期間を引き延ばすことになるからです。
もっとも、特許出願Xの出願日から1年以内に、特許出願Xと同Yを基礎とする優先権の主張をともなう特許出願Zの出願は可能です。
まとめ
今回は、国内優先権制度について解説してきました。この制度は、技術開発の成果を包括的に保護できる、メリットの大きい制度です。費用をかけて段階的に特許出願する以上、実務上の活用類型や留意点を押さえたうえで、知的財産戦略の一環として効果的に用いたいところです。
井上国際特許商標事務所では、特許実務の経験豊富な弁理士が、お客様の事情に合ったアドバイスをいたします。国内優先権制度の利用を検討されている方は、ぜひお気軽にご相談ください。
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