今日のビジネスシーンにおいて、やみくもに特許を取得しても収益や優位性の維持には直結しません。そこで、グローバルな市場に自社技術を普及させる「オープン戦略」と、コア技術を自社で守る「クローズ戦略」とをかけあわせた「オープン・クローズ戦略」への転換が求められています。
本記事では、オープン戦略とクローズ戦略それぞれのメリット・デメリットを押さえたうえで、オープン・クローズ戦略のポイントと実例を紹介します。
オープン・クローズ戦略とは?
オープン・クローズ戦略とは、自社のコア技術をクローズ領域として独占しつつ、それ以外の技術をオープン領域として他社と共有することで、自社に有利なビジネス環境を構築する企業戦略です。
その名のとおり、「オープン戦略」と「クローズ戦略」をかけあわせて知的財産をマネジメントする戦略を「オープン・クローズ戦略」と呼びます。
【オープン戦略】自社技術を普及させる戦略のこと
オープン戦略とは、自社技術を広く他社に開放することで、市場における自社技術の普及を目指す戦略です。
オープン戦略では通常、自社技術の特許を取得したうえで、他社とライセンス契約を結んで低額ないし無償で特許の使用を認める手法が使われます。
海外のソフトウェア開発企業で広く採用されているほか、日本の企業ではトヨタ自動車が燃料電池自動車を普及させるべく、燃料電池関連の特許を無償開放すると発表したことが話題になりました。
▼オープン戦略のメリット
自社技術が広く利用されるようになれば、他社は業界に参入しやすくなります。
多くの企業が参入することで、当該技術をとりまく市場が急速に拡大し、その結果、自社技術が市場におけるスタンダートとなり、他社はその技術なくして製品やサービスを展開できなくなります。
さらに、自社の認知度が高まるうえ、特許を有償提供する場合は多くの企業からライセンス料を見込めるメリットもあります。
▼オープン戦略のデメリット
オープン戦略最大のデメリットは、製品のコモディティ化が起こりやすいことです。
コモディティ化とは、製品やサービスの、品質や性能、ブランド力などの差がなくなり、ユーザーから見て「どの会社の製品、サービスを使っても同じようなもの」に見える状況を指すマーケティング用語です。
自社技術が普及して市場が広がり、後発企業が次々と製品やサービスを市場に投入すると、コモディティ化が起こり、価格競争の激化による利益率の低下が起こります。
また、標準化された技術で製品の差別化を図ることは難しいため、より安く製品を製造できる他社との競争になり体力を削られ、最終的に競争に負けて市場を撤退する事態を招くこともあります。
【クローズ戦略】自社技術を独占する戦略
クローズ戦略とは、自社のコア技術を秘匿することで、市場における優位性を確保する戦略です。
自社が開発した製品やサービスの要となる技術を社内のノウハウとして秘匿したり、当該技術について特許を取得したりすることで、コア技術の実施を独占します。
私たちの生活に身近なクローズ戦略の例としては、飲食店の秘伝のタレや、食品の特殊な加工技術、スナック菓子の調味パウダーの配合レシピなどが挙げられます。
▼クローズ戦略のメリット
クローズ戦略の1つ目のメリットは、製品がコモディティ化しても市場における優位性を確保できることです。
市場に低価格で出回るようになった製品やサービスでも、自社ならではのコア技術を持っていれば、自社の製品やサービスにしかない性能や体験を長期的に提供できます。これにより、他社と差別化された製品・サービスでユーザーを囲い込み、市場におけるシェア低下を防げます。
クローズ戦略の2つ目のメリットは、価値を生む経営資源を保護できることです。
1つ目のメリットにも通じることですが、他社と差別化できる製品を生むコア技術は、それ自体が価値の源泉です。また、コア技術を秘匿して協力企業などに限り使用を許可することで、価値ある知的財産を経営資源として活用できます。
▼クローズ戦略のデメリット
クローズ戦略のデメリットは、オープン戦略のメリットの裏返しでもあります。つまり、技術を秘匿・独占することで、その技術を使った製品・サービスの普及が困難になります。
グローバル市場に技術を広く浸透させるには、他社の参入が不可欠です。そこで、クローズ戦略を維持しながら市場の拡大を目指すべく、自社の特許技術やノウハウの使用を協力企業などに許諾することになります。
そうすると、自社だけでなく他社による情報漏えいのリスクにさらされ、国境を越えた権利侵害のおそれも大きくなります。こうしたリスク管理に要する費用の増加は、企業にとって大きな負担となります。
このように、クローズ戦略には「市場拡大速度の鈍化」や「管理コストの増加」といったデメリットがあります。
オープン・クローズ戦略の活用例
オープン戦略とクローズ戦略のデメリットを低減し、両方のメリットを取り入れた戦略が、オープン・クローズ戦略です。実際の活用例を3つ紹介します。
【活用例1】ソニーのウォークマン
ソニーのウォークマンは、広く入手できるシンプルな部品の組み合わせで製造できる設計がされていました。このため、多くの企業が製造に参入しやすく、スピーディーに市場に普及しました。この点では、ソニーはオープン戦略を展開したといえるでしょう。
一方で、ウォークマンの特徴である「良質な音質」を可能にするイヤフォン技術は、同社が自社の特許技術として独占していました。オープン戦略で市場を醸成しながらも、コア技術に関しては自社内に秘匿する、オープン・クローズ戦略の好例です。
【活用例2】シスコシステムズのインターネットルーター
インターネットの黎明(れいめい)期である1984年にシリコンバレーで誕生したシスコシステムズは、自社のインターネットルーターを市場に広く公開して世界中の企業を顧客に取り込む、オープン戦略を展開しました。
ただし同社は、自社のルーターと他社の技術を接続するインターフェース領域の技術や、多種多様な機能を発動させるノウハウは公開せず、自社のコア技術として独占していました。
このようなオープン・クローズ戦略によって、新興ベンチャーのシスコシステムズはインターネットという巨大市場を席巻(せっけん)するに至ったのです。
【活用例3】AppleのiPhone
アップルのiPhoneは、最もよく知られたオープン・クローズ戦略の一例です。
同社は、iPhoneのアプリ開発のための技術リソースをオープンにして、標準化を図っています。その結果、多くの企業がアプリ開発に参入し、iPhoneは瞬く間にグローバル市場に普及しました。
アプリ開発の参入障壁を下げながらも、同社が知的財産権を集中させて戦略的に独占してきた領域が、特徴的なデザインとOSを中心とした特許技術です
製品の要となる意匠や特許技術に知的財産権を集中させて優位性を確保すると同時に、それ以外の領域をオープンにしてグローバル市場にiPhoneを展開したアップルの戦略は、典型的なオープン・クローズ戦略の成功例です。
オープン・クローズ戦略のポイント
最後に、オープン・クローズ戦略のポイントを紹介します。
自社のコア技術を見極める
オープン・クローズ戦略を展開する前提として最も重要な点は、自社のコア技術を見極めることです。
意匠でも特許でも、一旦開放されてしまうと、秘密にすることも独占することもできません。自社の技術やノウハウのうち要となるのはどの部分か、慎重に検討を重ねましょう。
2つ目のポイントは、市場と自社技術をつなぐ境目の領域に知的財産権を集中させることです。
例えば、シスコシステムズは自社のルーターと他社のシステムを接続する技術を秘匿しました。アップルはiPhoneのiOSを独占しています。これらの例に見られるように、自社技術と市場との接点となる領域を見極め、知的財産マネジメントを徹底するとが大切です。
市場と自社技術をつなぐ境目に知的財産権を集中させる
また、市場環境や競合の動きをふまえて設計する必要もあります。全体を俯瞰(ふかん)してビジネス設計することが、大きなポイントとなります。
まとめ
今回は、オープン・クローズ戦略について解説しました。オープン・クローズ戦略では、自社技術を広く公開して市場のスタンダードを確立しつつ、技術の要となる部分は自社内にとどめて市場優位性や経営資源を確保します。これを成功に導くには、知的財産マネジメントを前提としたビジネス設計が不可欠です。
井上国際特許商標事務所では、特許申請や意匠登録の手続きはもちろん、オープン・クローズ戦略に関するご相談も承っております。お気軽にお問い合わせください。
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