
日本の約8.8倍もある広大な国土に、世界2位となる約13.8億人が暮らすインド。経済規模を示すGDP(国内総生産)は、ここ数年イギリスに次ぐ6位が指定席となっており、今後、爆発的に発展する可能性を秘めている国でもあります。
日本はアメリカに次いでインドへの特許出願件数の多い国です。スズキを筆頭にインドとつながりの深い日本企業も多く、2019年からは「日印特許審査ハイウェイ」の試行もスタートしています。
このページでは、今後さらに重要度を増していくであろうインドの特許について、現在の出願状況や、具体的な手続き方法などを紹介します。
インドの特許出願状況
インドは特許出願件数が著しく伸びている国のひとつ
WIPOなど(世界知的所有権機関)が2021年に発表したデータによると、2020年にインドに出願された特許は56,771件でした。もっとも多かった中国(約150万件)、それに次ぐアメリカ(約60万件)と比べると桁がひとつ違いますが、欧州が約18万件であることを考えると、決して少なくない件数です。
インドへの特許出願件数は年々増えており、その傾向は今後しばらく続くものと考えられています。インドへの特許出願件数の伸び率は、2019年比でプラス5.9%となり、これは中国に次いで高い成長率でした。
国外だけでなくインド国内からの出願が増えている
インドは国外からの特許の出願が非常に多い国です。WIPOの調査によると、2011年の時点で実に79%が国外からの出願でした。しかし、国外からの出願の比率は徐々に下がってきており、2017年に70%を割り(67%)、2020年には59%となっています。
これは、国外からの出願が減ったのではなく、インド国内からの出願が増えたためです。この流れは今後も続き、インドの発展とともに特許出願件数も増えていくものと考えられます。
【インド特許意匠商標総局への特許出願件数】
2011年 国内 8,841件/外国から 33,450件
2012年 国内 9,553件/外国から 34,402件
2013年 国内 10,669件/外国から 32,362件
2014年 国内 12,040件/外国から 30,814件
2015年 国内 12,579件/外国から 33,079件
2016年 国内 13,199件/外国から 31,858件
2017年 国内 14,961件/外国から 31,621件
2018年 国内 16,289件/外国から 33,766件
2019年 国内 19,454件/外国から 34,173件
2020年 国内 23,141件/外国から 33,630件
特許出願はアメリカと日本からの出願が多い
日本企業もインドへ多くの特許を出願しています。2001~2021年の20年間で、インド特許意匠商標総局(CGPDTM)に特許を出願した出願人の国籍は、1位がアメリカ、2位がインド、3位が日本、4位がドイツとなっています。
2018年~2020年までにインドに特許出願した日本企業の上位は、トヨタやホンダ、スズキなどの自動車メーカーが上位を占めており、日本製鉄やJFEなどの鉄鋼メーカーが続きます。家電メーカーも多く、三菱電機を筆頭に、パナソニックや日立、東芝も多くの特許を出願しています。
海外企業では、アメリカのQualcommや、韓国のSAMSUNG、中国のファーウェイ、OPPOなど、スマートフォンや半導体に関わるメーカーの出願が圧倒的に多くなっています。
インドへ特許出願する3つの方法
1.PCTルート
PCTルートは、特許協力条約「PCT(Patent Cooperation Treaty)」に基づいた出願方法で、複数の国に特許出願する際に、個別に出願する手間を省けます。日本の特許庁に特許出願する際に「国際出願」をすることで、PCT加盟国(インドもPCT加盟国)に同時出願したのと同じ効果が得られる仕組みです。
PCT出願を行うと、全てのPCT加盟国で、日本で国際出願を行った日に出願されたものとみなされます。また、日本で出願済みの特許であっても、出願日から1年以内であれば優先権を主張して国際出願することが可能になります。
しかし、そのままではインドに特許を出願した扱いにはならないので、優先日から31ヶ月以内に「国内段階出願」を、さらに優先日から48ヶ月以内に出願審査請求を行う必要があります。
▼PCTルートのメリット・デメリット
PCTルートを利用した出願の場合、特許出願のための書類が、日本の特許庁に提出するものだけで済みます。インド特許意匠商標総局(CGPDTM)の書式での出願手続を行う必要がなく、手間を大幅に省けます。
一方で、出願する国が少ない場合は、後述するパリ条約ルートよりも費用が高くなります。3~4カ国以上に同時出願するのであれば、PCTルートのほうが安い費用で済むはずです。また、日本での特許出願から30ヶ月間の猶予があるので、どの国で特許を出願するかを検討する時間が十分に取れることもメリットといえるでしょう。
2.パリ条約ルート
パリ条約ルートとは、日本で出願した特許について優先権を主張できる「パリ条約による優先権」を利用した出願方法です。
日本で特許を出願した日から1年以内に外国で特許を出願すると、日本と同日に出願した扱いを受けることができる制度で、インドもこの対象となっています。
パリ条約は、インドを始めアメリカやヨーロッパの主要国、中国などの約170ヵ国が加盟している、知的財産権に関する国際条約です。日本から海外への特許出願においては、パリ条約ルートが多くのケースで利用されています。
▼パリ条約ルートのメリット・デメリット
パリ条約ルートを利用する場合は、特許を取得したい国ごとに、個別に特許出願をする必要があります。それ自体は手間ですが、出願内容を国ごとに変更できることや、1〜2国への特許出願であればPCTルートより費用が安く済むことはメリットです。
一方で、手続きが国ごとに必要となることや、各国が指定する言語での明細書の作成が必要になることは、明確なデメリットといえるでしょう。
3.直接出願
インドでのみ特許出願を行いたい場合は、インド特許意匠商標総局(CGPDTM)へ直接特許出願することもできます。
日本またはインドを除く外国で商品やサービスを販売する予定がない場合などは、インドへの直接出願のみを行ってもよいでしょう。
インドへの特許出願には現地代理人が必要

日本からインドへ特許を出願する場合は、必ず現地の代理人を起用する必要があります。インドの特許代理人は日本の弁理士に似た存在ですが、商標に関する代理や、訴訟の代理はできません。
インド特許意匠商標総局(CGPDTM)は、本局がコルカタ(カルカッタ)にあります。しかし、国土が日本の約8.8倍と大変広いことから、デリー、ムンバイ、チェンナイにも支局を設けており、本支局すべてで特許の出願が可能です。
どの本支局で出願するかは、代理人の所在地によって決まることが多いようです。事前に確認するとよいでしょう。
インドへの特許出願の流れ
ここからは、インドへの特許出願の基本的な流れをみていきます。インド特許意匠商標総局は期限に比較的厳しいとされるため、各期限には注意しましょう。
1.出願/国内移行
パリ条約ルート、および、直接出願の場合は、インド特許意匠商標総局(CGPDTM)に対して出願書類を提出し、手数料を支払います。出願の言語は、ヒンディー語または英語です。
【特許出願に必要なもの】
願書
明細書
発明者である旨の宣誓書
出願権の証拠
外国出願に関する陳述書および誓約書
優先権書類およびその翻訳文
委任状
手数料
PCTルートの場合は「国内段階出願」の手続きを行います。その際は、日本国内での出願日(=優先日)から31ヶ月以内に以下の書類を提出し、手数料を支払います。
【国内段階出願に必要なもの】
国内段階出願
明細書・特許請求の範囲等の翻訳文
発明者である旨の宣誓書
外国出願に関する陳述書および誓約書
優先権書類およびその翻訳文
委任状
手数料
2.審査請求・出願公開
インド特許意匠商標総局(CGPDTM)に出願、または国内段階出願を行った特許は、「審査請求」を行う必要があります。
インドは日本と同様に、審査請求手続きを行ってはじめて特許性審査が行われます。期限は出願日もしくは優先日から48ヶ月以内となっており、それまでに審査請求が行われなかった場合、出願は取り消されます。期限を過ぎた場合の救済措置も基本的にありません。
また、出願に関する書類は出願日(優先日)から1年6ヶ月を経過した後に原則公開されます。手数料を払うことで、公開時期を早めることも可能です。
3.特許審査とその期間
審査請求を行うと、1ヶ月程度で特許審査が開始されます。
最初の特許審査の結果が出願人へ送付されるまでは、日本や諸外国に比べて長い期間が必要です。ジェトロが2020年に行った調査によると、初回審査報告までは平均16.9ヶ月を要します。それでも、2019年は平均34ヶ月、2018年は52.4ヶ月と、確実に改善されつつあることがわかります。
最初の審査報告書が届いたら、それから6ヶ月以内に必要な主張や補正を行います。この期間を「アクセプタンス期間」といいます。アクセプタンス期間は満了前に請求することで、3ヶ月の延長も可能です。
この最大9ヶ月のアクセプタンス期間は非常に重要です。なぜなら、この期間内にすべての拒絶理由を解消し、特許を認められる状態に補正することが求められるためです。インドでは、最初の審査報告書が届いたら、できるだけ早く拒絶理由に応答することを心がけましょう。
日インド特許審査ハイウェイ試行プログラム
2020年に行われたジェトロの調査によると、インドでは特許の登録までに平均6.7年かかります。しかし、2019年からは「日インド特許審査ハイウェイ試行プログラム」がスタートしました。
審査ハイウェイを利用した出願は、約90%が半年以内に初回審査報告を得ており、約80%の特許が1年以内に登録され、残りの約20%も2年以内に登録されています。現状は年間100件までの試行段階ですが、今後さらに拡大していくと考えられます。
インドの特許期間と特許年金
インドの特許も諸外国と同じく存続期間が設定されています。また、特許維持のためには年金を納める必要があります。
インドの特許期間は出願日から最長20年
インドの特許の存続期間は、原則としてインド特許意匠商標総局への特許出願日から20年までです。
それ以降の存続期間の延長はありません。
特許を維持するために支払う特許年金
インドも日本と同じく、特許を維持するために「特許年金」を納めます。年金は出願日(優先日)を起点として3年次から発生し、金額は原則として以下のとおりです。
【インドの特許維持年金の金額】
3年度~6年度 4,000ルピー/年
7年度~10年度 12,000ルピー/年
11年度~15年度 24,000ルピー/年
16年度~20年度 40,000ルピー/年
納付期限を過ぎた場合でも、6ヶ月間であれば追納可能です。しかし、6ヶ月間を超えて年金が納付されない場合、特許は失効します。
特許年金の未納により失効してしまった場合は、権利執行から18ヶ月以内であれば、権利回復の請求が可能です。このことが公報に掲載され、2ヶ月の間に第三者による異議申し立てがなければ、未納分の年金と、回復費用を支払うことで権利が回復します。
インドの特許を検索する方法
インドへ特許出願する前に、既に類似の特許が登録されていないかの検索・確認が必要です。ここでは、インドの特許を検索する代表的な方法を紹介します。
▼in PASS(Indian Patent Advanced Search System)
インド特許意匠商標総局(CGPDTM)が運営する、特許情報検索サイトです。
まとめ
ここでは、日本からインドへの特許出願状況や、実際に特許を出願する際の流れなど、基本的な知識を紹介しました。
インドへの特許出願は、時間や期限に対して非常にシビアという特徴があります。日本や欧米、中国、韓国、台湾などへの出願とは勝手が異なるため、出願の際は十分な注意が必要です。
しかし、特許審査ハイウェイの整備も進みつつあるなど、2018年以前より特許取得のハードルは低くなりました。今後、インドの重要度は一層増すものと考えられますから、早い段階から特許を取得しておくことも検討しましょう。
インドへの特許出願なら井上国際特許商標事務所までご相談ください
インドへの特許出願についても、井上国際特許商標事務所までご相談ください。当事務所ではこれまで、個人の事業者から大企業まで、様々な技術分野の外国特許出願の手続きを代行した実績があります。
インドへの特許出願は、このページで説明したように他の国と勝手の違う部分が多く、また、必ず必要となる現地代理人の品質にも差があるのも現状です。そのため、スムーズな特許出願手続には、現地代理人の選定やコミュニケーションに関する経験と知識が重要になります。
インドでの特許取得を検討されている方は、ぜひ一度、井上国際特許商標事務所までご相談ください。
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