
複数の発明についてひとつの特許を出願した後、一部の発明を切り離して新たに特許出願できる「分割出願」という制度があります。
ここでは、「特許の分割出願」の意味と要件を紹介したうえで、メリットを具体例とともに解説します。デメリットについても触れますので、ぜひ最後までお読みください。
【制度の概要】特許の分割出願の基本
分割出願とは?:原出願から一部の発明を分離する制度
特許の分割出願とは、すでに出願している特許出願(これを「原出願」といいます)に含まれる複数の発明のうち、一部の発明を切り離して新たに特許出願(これを「分割出願」といいます)することをいいます。
特許の分割出願は、一部の発明に特許性が認められなかった場合に出願全体が拒絶されるのを回避する際や、特許戦略上の目的のために、特許実務でしばしば活用される制度です。
分割出願の成立要件:3つのポイント
特許の分割出願の要件は、次の3つとなっています。(特許法第44条第1項)
原出願の特許出願人が出願すること
分割出願が原出願に包含されていること
次のいずれかの期間内に行われること
特許出願後、拒絶理由通知が発送される日まで
拒絶理由通知が発送された日から60日以内
拒絶査定の謄本送達日から3カ月以内
特許査定の謄本送達日から30日以内
分割出願の3つのメリット
特許の分割出願のメリットとしては、主に次の3つが挙げられます。
原出願の一部につき迅速に特許を取得できる
分割出願において原出願の出願日を維持できる
知的財産戦略に活用できる
メリット1:一部発明の迅速な権利化
まず、原出願の一部につき迅速に特許を取得できる点が、分割出願のメリットのひとつです。
例えば、ひとつの特許出願(原出願)に、複数の発明(発明Aと発明B)が含まれているとします。これらの発明のうち、発明Aにつき「新規性」の要件が満たされないことが発覚した場合、出願全体の特許取得が拒絶されていまいます。
そこで、発明Bにつき新たに特許の分割出願を行います。発明A は明細書の補正や資料の追加によって時間をかけて特許取得を目指す一方で、特許要件を満たす発明B はスムーズに審査が進められます。
このように、原出願の一部を分割出願することで、特許が認められやすい発明を迅速かつ確実に権利化できるのです。
メリット2:出願日を維持し、先願の地位を確保
分割出願において、原出願の出願日を維持できる点も分割請求のメリットです。
原出願をもとに分割出願を行った場合は、分割出願は原出願の出願日になされたものとみなされます(特許法第44条第2項)。これは、同一の発明につき複数の出願があった場合、出願日の早い方に優先的に特許権が与えられる「先願主義」を採用する日本の特許制度においては、見逃せないメリットです。
例えば、X社が2023年10月1日に発明Aと発明Bを含むひとつの原出願を行い、12月1日に発明Bにつき新たに分割出願を行ったとします。一方でY社は、11月1日に発明Bと同一の発明につき特許出願を行いました。
このとき、X社の分割出願はY社の出願日よりも後になされているため、原則としてY社に発明Bの特許権が認められそうです。しかしながら、「分割出願の出願日は原出願の出願日になされたものとみなされる」ため、X社の分割出願は10月1日になされたものとして扱われます。したがって、X社はY社に優先して発明Bの特許権が認められます。
このように、分割出願において原出願の出願日を維持できることは、特許権をめぐる苛烈な競争にさらされている企業にとって、とりわけ大きなメリットといえます。
メリット3:知的財産戦略への応用・活用
先述の2つのメリットを踏まえて、企業は特許の分割出願を知的財産戦略に活用できます。
例えば、レンタル電動自転車サービスを展開するZ社が、「バッテリー技術」、「充電インフラ」、「駐輪システム」の3つの発明を持っている場合、まずこれら3つの発明が含まれるひとつの特許出願を行います。次に、これを原出願として、充電インフラと駐輪システムについて新たに分割出願を行います。こうすることで、原出願の出願日を維持したまま、いち早く特許審査を進めたい「充電インフラ」と「駐輪システム」について特許を取得できます。
このように、一部の発明につき迅速な権利化を進め、残りの発明は時間をかけて権利化するメリットは、競合他社へのけん制効果が期待できることです。さらには、最終的にそれぞれの発明に独立した特許が認められると、3つの発明を含む特許よりも保護範囲を拡大できる可能性があります。自社の開発状況や競合他社の状況、市場の動向を踏まえつつ、分割出願を有効活用することをおすすめします。
分割出願のデメリット:費用と手続きの負担
特許の分割出願のデメリットとしては、ひとつの特許を出願する場合と比べて出願料や登録料などの費用がかさむことが挙げられます。作成すべき書類や手続きも増えるため、特許出願を代行する弁理士費用もその分多くかかります。
また、自社で書類作成と特許出願を行う場合でも、通常の特許出願より多くの手間と工程がかかることを見込んでおかなくてはなりません。
まとめ
分割出願には費用負担の増大や手続き面での煩雑さといったデメリットがある一方で、一部の発明につき迅速かつ確実に特許権を取得できたり、分割出願の出願日を原出願の出願日に遡らせることができたりと、知的財産戦略でも活用できるメリットが多々あります。
デメリットを考慮してもなお大きなメリットが期待できる制度ですので、必要に応じて特許の分割出願を活用することをおすすめします。
井上国際特許商標事務所では、特許関連の手続き経験豊富な弁理士が、特許の分割出願をサポートいたします。ぜひお気軽にご相談ください。
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