ESG投資とは、投資の意思決定において環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の要素を踏まえて企業価値を評価する投資のことです。
ESG経営を推進するには、ESG投資の手法、投資家が参照するESGスコア、ESGスコアを提供する評価機関について理解しておく必要があります。今回は、ESG経営の前提知識として不可欠なESG投資について解説します。
ESG投資とは
ESG投資とは、企業の財務情報だけでなく環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)といった非財務情報を踏まえて意思決定する投資のことです。
「ESG」という言葉は、2006年に国連の機関から提唱された「責任投資原則」(PRI)に初めて登場しました。以来、グローバル社会で認知が広がり、今や世界的な潮流となっています。
日本国内でも、2014年に機関投資家の責任ある投資行動を示す「スチュワードシップ・コード」が策定され、機関投資家によるESG投資と、これを受けた企業のESG経営が広がりを見せています。
ESG投資の投資手法
一般的な投資手法と同様に、ESG投資にも様々な手法があり、投資戦略や投資目的、時間軸などにより、投資家が重視するESG情報は異なります。
まずは、機関投資家がどのような手法でESG投資を行っているか、世界のESG投資額に関する統計資料を公表するGlobal Sustainable Investment Alliance (GSIA) の分類に従い、7つの手法を紹介します。
1.ネガティブ・スクリーニング
ネガティブ・スクリーニングとは、投資対象を選定する際、ESGの観点から投資に適さないと判断される業界や業種に属する企業を除外する手法です。
環境(Environment)の観点から石油産業を除外する例や、社会(Social)の観点から人権保護に反する武器製造産業やポルノ業界、健康を害するたばこ業界などを除外する例が挙げられます。
ネガティブ・スクリーニングは早くも1920年代から米国で用いられていた手法で、1970年の南アフリカのアパルトヘイトに加担する業界への不投資運動もその一例です。
2.ポジティブ・スクリーニング
ポジティブ・スクリーニングは、投資先候補の選定において、業界内で横断的に比較したときにESGスコアの高い企業を高く評価する手法です。
業界ないし業種ごと「除外」するネガティブ・スクリーンとは逆のベクトルのESG投資手法といえるでしょう。
従来からネガティブ・スクリーンには「投資対象が狭まり短期的リターンも長期的リターンも期待できない」という批判があり、1990年代頃からポジティブ・スクリーニングが広く用いられるようになりました。
3.国際規範スクリーニング
国際規範スクリーニングは、気候変動や人権侵害の抑止を目指す国際規範を満たしていない企業を、投資対象から除外する手法です。
ネガティブ・スクリーニングのように特定の業種や業界をまるごと除外する選定方法ではありませんが、最低基準を満たさない企業を投資候補から外すという点では、ネガティブ・スクリーニングと似た手法といえるでしょう。
国際規範スクリーニングで用いられる規範には、UN(国連)の「グローバルコンパクト」、OECD(経済協力開発機構)の「多国籍企業ガイドライン」、ILO(国際労働機関)が労働時間やハラスメントなどについて定めた国際労働基準などがあります。
4.ESGインテグレーション
ESGインテグレーションは、企業価値を評価する際にESG課題に関する非財務情報を組み込んで分析する手法です。
具体的には、運輸業の企業価値を評価する際にカーボンフットプリントの情報を考慮したり、小売業の企業価値の評価に労働基準やリスク管理の改善状況を反映したりします。
ESGインテグレーションは、現在の日本におけるESG投資で「エンゲージメントと株主行動」に次いで頻繁に用いられる手法です。
5.サステナビリティテーマ投資
サステナビリティテーマ投資は、ESG課題のうち「気候変動」「生物多様性」「女性活躍」「持続可能な農業」など特定のテーマを設定し、そのテーマに沿った株式や債券に限定して投資する手法です。
最近では、地方銀行が再生可能エネルギーや環境技術に要する資金を調達するための債権「グリーンボンド」を発行したり、投資家が社会課題の解決や将来的な高いリターンを期待してサステナブル事業に取り組むスタートアップに投資したりといった動きが見られます。
6.インパクト/コミュニティ投資
インパクト投資は、特定の環境課題ないし社会課題の解決につながるインパクトを生むことを目指して行われる投資手法です。
投資の意思決定では通常、リスクとリターンが判断軸となります。一方、インパクト投資では、リスクとリターンに加えて「インパクト」すなわち「環境ないし社会に及ぼす影響」が3つ目の判断軸となります。
インパクト投資の中でも、特に地域社会へのインパクトを生み出すことを目的とする投資は、「コミュニティ投資」と呼ばれます。グローバルでコミュニティ投資を行うCDFIs(Community Development Financial Institutions:コミュニティ開発金融機関)は、地域に根差した事業者を経済的に支援するとともに、ビジネスを展開する上でのアドバイスも提供しています。
7.エンゲージメントと株主行動
エンゲージメントと株主行動は、日本で最もよく用いられているESG投資の手法です。
機関投資家がESG課題について企業と積極的に対話を重ねることで改善を促したり、企業のESG経営や施策に関する株主提案権や議決権を行使したりする行動が、これにあたります。
また、環境保護団体が企業の気候変動対策を促すべく株主となり、株主総会で質問するようなケースもあります。
ESGスコアと評価機関
ESG投資を行う機関投資家が、投資先候補の企業価値を評価する際に用いる指標が、ESGスコアです。ESGスコアは、独自の手法により客観的に企業を評価する評価機関によって算出されます。
ESGスコアとは
ESGスコアとは、企業のESGに関する取り組みを第三者評価機関が評価し、算出した指標のことです。
ESGスコアは、貸借対照表や損益計算書のような定量化しやすい財務情報と異なり、多くが定性的な非財務情報をもとに算出されます。このため、投資家が投資先を選定する際に参照する情報の収集・分析が複雑化しやすく、ESGの観点から企業を客観的に評価できる指標が必要とされていました。
そんな中、企業の公開情報やアンケートの回答結果をもとに、独自の手法に基づき情報を分析し、ESGスコアを算出するデータプロバイダや評価機関が台頭してきました。
評価機関の中には、ESG要素を総合的に評価する機関(総合型)もあれば、特定のテーマに強いテーマ型の機関もあります。情報収集の方法や分析手法、評価配分なども評価機関によって異なります。このため、例えば同じAという企業でも「評価機関Xによるスコアは低いが、評価機関Yによるスコアは高い」といった現象も見られます。
ESG評価機関
ESG投資の拡大を受けて、企業のESGに関するデータを提供するデータプロバイダやスコアリングを提供する評価機関が乱立しています。現在、国内外で600以上の評価機関があるといわれています。今回は、多くのグローバルな機関投資家が参考にしている評価機関を5つ紹介します。
【MSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)】
MSCIは、米国のニューヨーク州を拠点とする老舗の金融サービス企業です。世界70カ国以上の国や地域の株式市場を網羅し、市場別、国・地域別、産業別など様々なカテゴリにおける株価指数を幅広く提供しています。
ESGの分野でも、詳細な調査データをもとに世界の企業を分析し、ESGスコアを算出しています。
【FTSE Russell(フッツィー・ラッセル)】
FTSE Russellは、英国で1995年に設立された金融サービス企業です。同社はロンドン証券取引所グループの傘下にあり、同社が提供するESGインデックスはロンドン証券取引所をはじめとするグローバルな証券取引所で利用されています。
ESG評価のもととなるデータや分析ツールも提供しており、ESG投資家にも広く活用されています。
【Sustainalytics(サステナリティクス)】
Sustainalyticsは、オランダで1992年に設立されたESG格付け・調査会社です。現在は米国を拠点とするモーニングスターグループの傘下にあり、世界170以上の国と地域の20,000社以上の企業を、ESGの観点から評価しています。
世界有数の資産運用会社や年金基金と提携しており、各国のビジネス界で大きな影響力を持つESG評価機関です。
【S&P Global(エス・アンド・ピー グローバル)】
S&P Globalは、米国を拠点とする金融サービス企業です。信用格付を行うS&P Global Rating、データと分析ツールを提供するS&P Global Market Intelligence、指数を提供するS&P Dow Jones Indicesなどを傘下に持っています。
ESGに特化したデータベース「SAM」や「Trucost」、企業評価・リスク分析、投資ツールなどを提供しており、グローバルな機関投資家に活用されています。
【CDP(シー・ディー・ピー)】
CDPは、2000年にロンドンで設立された非営利団体で、環境(Environment)に強いテーマ型の評価機関です。気候変動、水セキュリティ、森林減少リスク・コモディティの分野でグローバルな情報開示基盤を提供しており、投資家をはじめESG経営に取り組む企業や各国政府にも活用されています。
CDPは、全世界15,000社以上に質問書を送付しており、各企業からの回答と公開のスコアリング基準をもとに評価を行っています。
まとめ
ESG投資が世界的な潮流となる中、投資家から企業に対するESG情報開示の要請も高まっています。そして、ESGのデータプロバイダや評価機関が乱立し、評価される側の企業も情報発信や質問書の対応に頭を悩ませている現状があります。
ESG経営を推進するには、ESG投資の背景や投資家の多様性を踏まえた上で、自社の企業価値を発信することが重要です。
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