建築物に関する知的財産は従来、特許法、実用新案法、不正競争防止法、著作法などによって保護が図られてきました。しかし、2020年4月からは、新たに施行された改正意匠法により、建築物のデザインや内装のデザインを意匠登録して、直接的に保護できるようになりました。
今回は、建築物に関する知的財産を保護する法律を紹介するとともに、建築物・内装デザインの意匠登録の概要と手続きについて解説します。
建物に関する知的財産とは
そもそも「知的財産」とは何か
知的財産を管轄する特許庁のホームページによると、知的財産制度とは、「人間の幅広い知的創造活動の成果について、その創作者に一定期間の権利保護を与えるようにした」制度とされています。つまり、人の創造性によって生み出された発明やアイデア、デザイン、著作物などに、一定の保護を与えるための制度です。
知的財産の種類は、大きく「知的創造物についての権利等」と「営業上の標識についての権利等」に分けられます。前者は、「創作意欲の促進を目的とした」権利で、特許権、意匠権、著作権などが含まれます。後者は「使用者の信用維持を目的とした」権利で、代表的な権利としては商標権や商号が挙げられます。
建築物に関する知的財産を保護する法律
これらの権利のうち、建築物に関する知的財産を保護する権利は、特許法、実用新案法、不正競争防止法、著作権法、商標法、意匠法などに規定されています。
建築物に関する知的財産が「発明」や「考案」に該当する場合は、特許法や実用新案法による保護が可能です。例えば、防災効果の高い建物や耐久性を高める建築材料を用いた建物、省エネ効果の高い建物などに関連する「発明」や「考案」は、要件を満たせば特許や実用新案として登録できます。
建築物を商標法上の「立体商標」として商標登録する方法もあります。もっとも、商標は、需要者等が商品やサービスを識別できるようにするためのものですので、識別力のあるものでなければ登録は認められません。
建築物のデザイン自体に高度な創造性がある場合は、建築物を「建築の著作物」、または設計図を「図形の著作物」として、著作権法で保護できます。しかし、過去の裁判例では、建築や図面の「著作物」該当性は厳格に判断されています。
建築物のデザインが営業の目印として機能するような場合は、不正競争防止法による保護の可能性があります。ただし、「周知な」または「著名な」(「周知」よりもよく知られていること)商品等表示であることが要件になります。「コメダ珈琲店事件」のように要件該当性が認められたケースも稀にありますが、日本の裁判所ではかなり厳格に判断されています。
建築物デザインの知的財産を確実に保護したいなら、意匠法上の意匠登録が有効です。以下で詳しく解説していきましょう。
改正意匠法改正で保護対象が拡大
意匠権とは
意匠とはデザインのことです。意匠権は、人が創作したデザインを保護するための権利であり、意匠法は、意匠権を保護することにより創作を奨励し、産業を発達させることを目的としています。
従来、意匠権の保護対象は「物品」のデザインに限られていました。物品は動産であり、不動産である建築物のデザインは保護の対象外でしたが、2020年の意匠法改正で対象が拡大され、「建築物」や「内装」のデザインも保護対象に含まれるようになりました。
意匠法で保護される「建築物」と「内装」
意匠法で保護される「建築物」は、土地に定着した人工構造物のことです。例えば、美術館や学校、オフィスビル、住宅、ホテル、商業施設、工場といった建物のほか、競技場や橋りょう、電波塔など、デザインの要素を含むさまざまな土木建築物を含みます。
「内装」も、「店舗、事務所その他の施設の内部の設備及び装飾」(意匠審査基準第Ⅳ部第4章)というように、さまざまな施設の内装を広く含んでいます。
建築物や内装を意匠登録するメリットとは
社会的なメリット
建築物や内装を意匠登録すると、いくつかの社会的なメリットがあります。
意匠登録をすると、意匠権者に当該意匠を独占的に使用する権利が発生します(意匠法第23条)。そのため、ライバルや模倣品メーカーをけん制し、安心して意匠を使い続けられます。
また、意匠権を有しているということは、オリジナリティを証明し、信頼性を担保することにつながります。このため、取引先企業や建築物・内装のユーザーにあたる消費者に対してデザイン力をPRするとともに、信頼性を高められるメリットがあります。
意匠権は、他者に譲渡したり専用実施権(ライセンス)を設定したりできるため、その対価としてマネタイズすることも可能です。
なお、意匠法上の意匠権は、日本国内でのみ有効です。外国では当該国における知的財産権が適用されますので、当該国のルールに従った登録が必要になります。もっとも、日本で意匠登録しておくことで、外国での審査・紛争時も優位性を確保できます。海外展開が主眼であったとしても、まず国内で意匠登録しておくとよいでしょう。
法的なメリット
登録された意匠が無断で使われたり模倣されたりした場合は、侵害の差止請求(意匠法37条)や損害賠償請求(民法第709条)ができます。
また、意匠権侵害によって生じた業務上の信用を回復するのに必要な信用回復措置請求(意匠法第41条、特許法第106条)も可能です。例えば、粗悪な模倣品が出回ったことで意匠権者の評判が落ちてしまったような場合に、謝罪広告を掲載するなどの措置を求められるのです。
意匠権侵害を裏付ける証拠が揃っていれば、刑事告訴によって刑事責任を追及できる可能性もあります。
建築物や内装を意匠登録するための手続き
出願から登録までの流れ
出願から登録までのおおまかな流れは、次のとおりです。
① 願書に図面を添付し、出願料16,000円を納めて出願。
② 書類の形式的審査
③ 登録要件の審査
④ 登録査定
⑤ 登録料の納付
⑥ 意匠権の発生(設定登録)
③の「登録要件の審査」をクリアできなかった場合は、④の「登録査定」に先立ち拒絶理由の通知があり、意見提出や補正を行います。
意見・補正によって要件が満たされれば「登録査定」へと進み、満たさなければ「拒絶査定」へと進みます。
拒絶査定に対しては、不服申し立ての手段として審判請求ができます。
建築物や内装の意匠登録の登録要件
意匠登録の主な要件は、「意匠ごとの出願であること」、「工業上利用できる意匠であること」、「新規性」、「創作非容易性」、「先願」の5要件です。順に解説していきます。
意匠ごとの出願であること
意匠法では、一意匠一出願の原則のもと、出願1件につき1つの意匠しか含めることができません。つまり、願書の「意匠に係る物品」欄に記載できる用途は1つだけということです。
例えば、建築物の意匠出願の際、「意匠に係る物品」欄に「住宅、工場」あるいは「ホテル及び病院」などと記載することはできません。3階まではオフィスビル、4階以上は住居というように複合的な用途をもつ建物については、「複合建造物」と記載した上で、「意匠に係る物品の説明」欄に具体的用途を記載します。
工業上利用できる意匠であること
意匠登録である以上、前提として意匠法上の建築物ないし内装が対象でなくてはなりません。よって、人工構造物ではない自然の岩や樹木、自然物が主な要素であるスキーゲレンデやゴルフコースなどは、対象外となります。
また、どのような用途で使用する建造物ないし内装であるのか、使用目的や状態、具体的用途が分かるものであることが必要です。「意匠」である以上、図面が整合的で、具体的な形状を特定できるか、視覚に訴えるものであるかも審査されます。
さらに、「工業上利用できる」か否かは、主に同一のものを量産し得るか否かによって判断されます。
新規性
新規性の要件では、出願前に公開されたデザインまたはこれに類似するデザインでないことを要します。つまり、出願に先立ってカタログやインターネット上に公開されてしまった場合は、「新規性がない」ということになります。
ただし、やむを得ず新規性が失われたようなケースでは、公開されてから1年以内に限り、所定の手続きを経て出願することで新規性の要件をクリアできます。
創作非容易性
意匠法の趣旨は創作を奨励することにあります。よって、意匠設計者やインテリアデザイナーなどが容易に思いつくような意匠は登録できません。
例えば、ある公知の建築物のデザインをベースに、一部分を別の公知の建築物のデザインに置き換えただけの意匠や、ふたつの公知の建築物を寄せ集めただけのデザイン、単に配置を変更しただけのデザインなどは、創作容易な意匠とみなされてしまいます。
先願
類似のデザインが出願された場合にどちらが登録されるかは、出願の先後で決まります。よって、デザインを思いついたタイミングが早くても、別のデザイナーが後から似たデザインを出願したら、そちらが意匠登録されてしまいます。
逆に、先に思いついたにも関わらず出願が遅れた方は、類似デザインがすでに出願されているという理由で、拒絶されてしまいます。
意匠登録にかかる費用
意匠登録にかかる費用は、下記のページにて詳しく紹介しています。あわせてご覧ください。
また、井上国際特許商標事務所にご依頼いただいた場合の費用はこちらでご確認いただけます。
まとめ
建築物に関する知的財産の中でも、意匠法改正で保護対象になった建築物・内装のデザインの意匠登録は、設計士やデザイナーにとって大きなメリットが期待できるものです。保護範囲が広がると同時に、知らずに他者の権利を侵害してしまうリスクも発生します。
井上国際特許商標事務所では、建築物・内装デザインの意匠登録をはじめ、建築物に関する知的財産のご相談を幅広く承っておりますので、是非お気軽にご相談ください。
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