地理的表示とは、「神戸ビーフ」や「いぶりがっこ」のように、その名称からある産品と地域とを結び付ける表示のことです。地理的表示は、その地域共有の知的財産でもあるため、国はその適切な使用を促すために、地理的表示保護制度を設けています。
ここでは、地理的表示について解説するとともに、具体的な登録例や登録方法、メリット、注意点を解説します。
地理的表示(GI)保護制度とは?
地理的表示とは、農林水産物などの産品の名称からその生産地を特定でき、産品と生産地を紐づける名称の表示のことです。英語の“Geographical Indication”から「GI」とも呼ばれます。
農林水産物などの生産地には、その地域のもつ自然的・人的条件によって育まれた特性があり、そうした地域の特性と産品の名称が紐付けられることで、地域名を冠した産品にブランドとしての価値が生まれるケースがあります。そこで、地域ブランドを保護するための仕組みとして「地理的表示保護制度」が確立されました。
地理的表示保護制度のもと、ある産品について地理的表示が登録されると、一定の基準を満たす産品に限り、その地理的表示を独占的に使用できるようになります。また、登録が認められた商品には登録標章(GIマーク)を表示することができます。
地理的表示の例
食品の例1「神戸ビーフ」
地理的表示を行っている有名な食品の例として「神戸ビーフ」があります。
神戸ビーフは兵庫県で生産される最高牛肉である但馬牛(タジマウシ)を素牛としますが、その中から、一定の生産条件と品質を満たした牛肉が「神戸ビーフ」「神戸肉」「神戸牛」「KOBE BEEF」を名乗れます。
食品の例2「いぶりがっこ」
秋田県で生産されるたくあん漬け「いぶりがっこ」も、食品の地理的表示の一例です。
いぶりがっこは、「大根の乾燥工程を燻製で行う」という秋田県独自の製法でつくられたたくあん漬けです。「原料の大根を、香りや色づきが良い広葉樹を用いて昼夜2日以上燻す」「燻した後、ぬか床に40日以上漬け込み、低温で長時間発酵・熟成させる」など、定められた生産方法を満たした製品のみが「いぶりがっこ」「Iburigakko」を名乗れます。
酒類の例
農産品の地理的表示のほかに、酒類の地理的表示を保護する制度もあります。酒類の地理的表示は、農林水産大臣が指定する農産品の地理的表示と異なり、国税庁長官が指定します。
これまで指定された例としては、長崎県壱岐市で蒸留される麦焼酎の「壱岐」や、兵庫県神戸市灘区・東灘区・芦屋市・西宮市の清酒「灘五郷」、山梨県のぶどう酒「山梨」などがあります。
海外の例
世界的に知名度の高い地理的表示の例として、フランス・シャンパーニュ地方の発泡性ワイン「シャンパン」や、フランス・ボルドーでつくられた「ボルドーワイン」、イタリア・パルマ地方の生ハム「プロシュット・ディ・パルマ」などが挙げられます。
地理的表示を登録するメリット
地域ブランドの確立
地理的表示を登録する1つ目のメリットは、地域ブランドを確立できる点です。
地域名と産品との結び付きが正式に認められることで、他の地域の同種産品との差別化ができます。これによる価格の上昇も期待でき、生産者の自信やモチベーションアップにもつながります。
また、登録を機に地域と産品への注目が高まるため、町おこしや産地の活性化といった効果も生まれます。
産品の品質担保と信頼性向上
2つ目のメリットとして、産品の品質担保と信頼性の向上が挙げられます。
仮に登録地域以外の地域で生産された産品や定められた製法以外で製造された粗悪品が市場に出回った場合、不正使用をしている業者に対して、農林水産大臣が不正表示の除去または抹消を命じます。
このように、行政が不正使用を取り締まるため、消費者は安心して品質の担保された産品を買うことができます。同時に、地域ブランドに対する信頼も高まるため、消費者ひいては生産者にとってもメリットといえるでしょう。
海外プロモーションへの活用
地理的表示は、WTO加盟国など諸外国との相互保護がある場合、当該国における同等の制度のもとで保護される可能性があります。
地理的表示があれば、海外で地域ブランドを展開したい場合も、模倣品や粗悪な類似品が出回るのを防ぎながら認知度を高めることができます。
地理的表示を登録する方法
登録申請
地理的表示を登録するには、地域の生産者が組織する生産者団体が、農林水産大臣に産品の地理的表示について登録申請します。
申請する際には、申請書を作成し、明細書と生産工程管理業務規程を添付して、農林水産省食料産業局知的財産課に郵送または持参して提出します。
なお、「明細書」は産品の基準を示す書類、「生産工程管理業務規程」は生産業者の生産方法、産品の検査方法、生産業者への指導業務、国への報告業務などに関する規程を示した書類です。
登録審査
登録申請が受理されると、学識経験者からの意見聴取を経て、登録審査が行われます。登録申請から登録までは、早くて半年程度を要します。
登録審査における審査内容は、大きく次の3つに分けられます。
生産団体に関する条件
産品に関する条件
名称に関する条件
地理的表示の登録申請ができる主体は、生産者団体に限られます。登録審査では、団体に欠格事由はないか、当該生産者団体が定める定款その他の基本約款に加入の自由が認められているか、生産行程管理業務規程を実施できる人員体制が構築されているかなどを審査します。
産品に関する条件としては、同種の他産品と差別化できるような特性があるか、産品の特性と生産地とが結び付けられるような特有の気候条件や伝承製法があるかなどを審査します。
名称に関する条件としては、産品の特徴と生産地が結び付けられるような名称であるか、その名称の使用実績があるか、地域との結び付きを失った「普通名称」になっていないかなどを審査します。
なお、登録方法の詳細は以下の「地理的表示保護制度登録申請マニュアル」で詳しく説明されています。
地理的表示保護制度の利用上の注意点
産品の品質の維持・管理
地理的表示を登録するには「生産工程管理業務規程」を提出する必要があります。登録が完了すると、登録生産者団体はこの規程に従って管理業務を実施します。年に1回業務実施報告書を作成・提出したり、当該報告書を保存したりと、産品の品質を維持・管理するための業務を適切に実施しなくてはなりません。
これらは煩雑ですが、地域ブランドを維持し、産品の品質を担保するには不可欠な業務です。これらを怠ると、登録が取り消されてしまうこともあるので注意しましょう。
不正使用に対処できるのは行政のみ
仮に、地理的表示保護制度ではなく、地域商標制度を利用して地域ブランドの保護を図るとしましょう。その場合は、裁判所に差し止め請求や損害賠償請求を申し立てるなど、司法に救済を求めることが可能です。
一方、地理的表示制度のもとでは、不正使用に対処できるのは行政に限られます。行政が対処してくれるという点ではメリットであると同時に、機動的に司法手続きをとれないという点でデメリットともいえるでしょう。
登録団体に所属している者のみ使用可
地理的表示が登録されてしまうと、地理的表示の使用やGIマークの表示は登録生産者団体に限定されます。これは、当該団体に加入していない生産者が地理的表示を使用できなくなるということでもあります。
地理的表示の登録に先立ち、団体加入に意欲的でない生産者も含めた外部環境への配慮や調整をしておくと安心です。
まとめ
地理的表示保護制度は、地域ブランドの認知度や信頼性を高めるメリットがある反面、申請登録の書類をそろえたり要件を確認したりするプロセスが煩雑であることは否めません。また、不正使用があった場合の対応方法をはじめ、注意すべき点もいくつかあります。
井上国際特許商標事務所では、地理的表示保護制度だけでなく、類似制度の活用も含め、最適な手続きをご提案いたします。地域産品のブランド化や地域に結び付いた産品名の保護をお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。
Commentaires