特許権者に新たな発明・技術を独占する権利を認める特許権のなかでも、医薬品分野の特許は専門性の高い特許分野といえるでしょう。
特許の取得にあたっては、取得できる権利の種類が複数あることや、存続期間の特例、特許法以外の法律を踏まえる必要があります。
今回は、主に医薬品分野の特許の種類と存続期間について解説します。
医薬品分野の特許は4種類に分かれる
医薬品分野の特許の種類は、大きく以下の4種類にわかれます。
物質特許
用途特許
製剤特許
製法特許
これらは特許法に定められた分類ではなく、実務上、権利範囲を限定する要素に基づき整理された分類です。順に解説していきます。
物質特許
物質特許とは、発見した物質(=有効成分)そのものに認められる特許権です。権利の範囲は物質の構造のみによって限定され、物質の化学式で特定されます。
物質特許の特許権者は、権利対象となる物質を使って開発した医薬品を独占的に製造・販売できるため、物質特許は医薬品分野の特許のなかで最も価値の高い特許です。
それだけに、物質特許を取得するための研究開発には膨大な費用と時間を要します。
物質特許の例(一部抜粋)
特開2021-006531 細胞結合分子の共役のための架橋連結体
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I)の架橋連結体:
【化1】
式中、 Y1及びY2は、ジスルフィド結合、チオエーテル結合、又はチオエステル結合を形成するために、細胞結合剤の硫黄原子の対と反応することができる同一又は異なる官能基であり、Y1及びY2として好ましい官能基は、以下に示す構造のN-ヒドロキシスクシンイミドエステル、マレイミド、ジスルフィド、ハロアセチル、ハロゲン化アシル(酸ハライド)、エテンスルホニル、アクリル(アクリロイル)、2-(トシルオキシ)アセチル、2-(メシルオキシ)アセチル、2-(ニトロフェノキシ)アセチル、2-ジニトロフェノキシ)アセチル、2-(フルオロフェノキシ)アセチル、2-(ジフルオロフェノキシ)アセチル、2-(ペンタフルオロフェノキシ)アセチル、2-(((トリフルオロメチル)スルホニル)オキシ)アセチル、及び/又は酸無水物基である;
用途特許
用途特許は、すでに発見されている物質の新たな用途に認められる特許権です。権利の範囲は対象疾患によって限定されます。
例えば、元々胃潰瘍への効能が認められていた物質について、胃炎への効能もあることを発見した場合、その医薬品の胃炎への効能に対応した特許が認められます。
用途特許のなかには、医薬品の用法用量に対応した「用法用量特許」と呼ばれるものも含まれます。場合によっては「用途特許」と「用法用量特許」が別のカテゴリに分けられることもあります。
製剤特許
製剤特許は、医薬品の製造過程で見出した技術を守るための権利です。権利範囲は製剤技術によって限定されます。
例えば「化合物を安定化させる」「有効成分の吸収率を向上させる」など、製剤上の工夫について取得する特許が、製剤特許です。臨床試験段階で取得することの多い特許です。
製法特許
製法特許は、平たく言うと「医薬品の新たな製造方法」についての特許です。権利範囲は、物質の製法によって限定されます。
製法特許は、医薬品の合成を効率的に行う方法を見い出したときなどに取得します。医薬品の承認審査段階で取得することの多い特許です。
医薬品分野の特許の存続期間
存続期間は原則20年
医薬品分野の特許の存続期間は、原則として、特許出願の日から20年間です(特許法第67条第1項)。ここでは、期間の起算点が「特許の登録日」でも「新薬の発売日」でもなく、「特許の出願日」であることに注意が必要です。
仮に、製薬会社が新たに有効成分を発明した時点でただちに物質特許を出願してしまったら、その後、非臨床試験、臨床試験、新薬の審査・承認というプロセスを踏んでいる間に、特許存続期間の20年の大半が経過してしまいます。
特例で5年の延長が可能
しかし、特許を使える期間を十分に確保するために、医薬品分野の特許に関しては特例が定められています(同法同条第2項)。これによると、特許権者の申請により、5年を上限として特許存続期間の延長が認められます。
通常、製薬会社は臨床試験に入る段階で物質特許を出願します。そして、その後の開発と審査に10~15年を要することも珍しくありません。
新薬がようやく承認され、販売を開始できるようになった時点で「特許存続期間があと5年しか残っていなかった……」という事態に陥らないためにも、特許権の延長申請は必須といえるでしょう。
存続期間が満了すれば後発医薬品を製造できる?
新薬につき物質特許が認められている場合は、特許権者(通常は製薬会社)が独占的にその薬を製造・販売できます。
しかし、特許の存続期間が満了した後は、他社もその薬を製造・販売できるようになります。いわゆる「ジェネリック医薬品」は、新薬の特許期間満了後に製造・販売される、新薬と同じ有効成分を使った薬です。
ただし、物質特許の存続期間が満了していても、用途特許や製剤特許が残っているケースがあります。後発医薬品を製造・販売できるかどうかは、物質特許の存続期間だけでなく、他の種類の特許を取得しているかどうかや、存続期間も考慮する必要があります。
実際、新薬を発明した企業と、ジェネリック医薬品を製造・販売した企業との間で紛争が起きることもあります。他社の特許権を侵害すると、損害賠償や差止めを求められるリスクにさらされます。
逆に、新薬の特許を出願する際には、物質特許を申請するタイミングや他の種類の特許との組み合わせなどを考慮して、なるべく長期にわたり権利保護を図れるよう工夫しなければなりません。
医薬品分野の特許出願は戦略的に
医薬品分野の特許を出願する際は、どの種類の特許をいつ出願すべきか、出願の際の明細書には何をどの程度詳しく記載すべきかなど、過去の事例を踏まえて手続きを進めなくてはなりません。
特許の種類ごと、個々の事例ごとに、明細書に記載する「新規性」や「進歩性」の内容・程度も異なります。
▼新規性と進歩性について詳しくはこちらの記事をご覧ください
特許法のみならず、薬事法その他の規定も考慮する必要がありますし、場合によっては国際的なルールや事例を調査する場面も出てくるでしょう。
医薬品分野の特許出願は、専門的な知識に基づき、戦略的に行う必要があるのです。
まとめ
今回は、医薬品分野の特許について解説しました。
医薬品分野の特許を出願する際は、綿密な戦略を立てて権利保護を図らなければ、研究・開発にかけた時間や費用を回収できないまま期間が経過してしまいます。トラブルを回避し、権利を最大限保護するためにも、医薬品分野の特許手続きの知見と経験が豊富な専門家に相談しましょう。
井上国際特許商標事務所は、個人から大企業まで、様々な技術分野の特許出願手続きを承っています。医薬品分野の特許出願をお考えの方は、是非一度ご相談ください。
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