日本の種苗法(しゅびょうほう)では、植物の新品種が品種登録されると、その品種の育成者に独占的な権利が与えられる「品種登録制度」が定められています。また、品種登録制度では、新品種の開発者に知的財産権の一種である「育成者権」が認められます。
今回は、そうした植物の品種登録制度の意義と概要について解説します。
植物の品種登録制度とは?
種苗法に定められた制度
植物の品種登録制度は、種苗法(しゅびょうほう)という法律に定められています。
種苗法は、花や農産物などの植物の新品種を開発した者(育成者)が農林水産省に願書を提出し、種苗法で定められた一定の条件を満たすことが認められた場合、育成者にその新品種を独占的に利用できる権利(育成者権)が与えられる制度です。
品種登録制度の対象となる植物は以下の5つに限定されています。
栽培される種子植物
シダ類(ワラビ・ウラジロ・ゼンマイなど)
蘚苔類(コケ植物)
多細胞の藻類(海苔や昆布など)
特定のきのこ類
品種登録制度の目的
品種登録制度の目的は、対象植物の品種の育成振興を図ることと、農林水産業の発展に寄与することにあります。
新品種を開発・育成するには、専門知識と技術だけでなく、膨大な時間や金銭的コストを要します。一方、いったん新品種が確立されてしまえば、種子という特性上、育成者以外の第三者がその品種を増殖させ、利用できてしまいます。
これでは、時間と費用をかけて新品種を育成しようという育成者の利益が守られず、新品種の開発・育成への意欲がそがれ、ひいては農林水産の発展が阻害されてしまいます。
そこで、品種登録された品種の利用や販売につき育成者に独占権を認めることで、育成者の権利を適切に保護しようと、品種登録制度が定められました。
植物の品種登録制度で保護される権利
育成者権の権利内容
品種登録された品種の育成者には、「育成者権」と呼ばれる権利が付与されます。
育成者権を付与された者は、登録品種の種苗、収穫物および一定の加工品を独占的に利用できます。ここで言う「利用」には、種苗の生産(増殖)、調整、譲渡の申出、譲渡、輸出、輸入だけでなく、これらの行為を目的とする保管行為も含まれます。
また、育成者権者は、登録品種の種苗などの利用を他人に許諾して利用料を得られますし、育成者権を譲渡したり質権を設定したりすることもできます。
育成権の「存続期間」は、一般的な植物に関しては25年、果樹・材木・鑑賞樹などの本木性植物に関しては30年と定められています。存続期間が満了すると、登録品種についての独占権は失われ、誰でも自由に利用できるようになります。
権利侵害への対応
育成者権を持つ者が登録品種の利用に関する独占権を有する反面、それ以外の第三者は、無断で登録品種を利用できなくなります。したがって、例えば登録品種を無断で増殖させたり販売・譲渡したりする行為は、育成者権の侵害となります。また、無断増殖した種子などを購入して利用した場合も、育成者権の侵害となります。
育成者権侵害があった場合、侵害者は育成者権者から民事上の損害賠償や不当利得返還の請求を受けたり、刑事罰を科せられたりする可能性があります。
育成者権の侵害に対しては、育成者権者自身が示談交渉や民事裁判を利用して損害回復の措置をとれるほか、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の種苗管理センターが情報収集をしたり、税関が水際措置を講じたりしています。
品種登録の手続き
品種登録制度を利用するための品種登録手続きは、農林水産省への出願、出願公表、仮保護、審査、審査特性の通知、登録という手順で進みます。
出願・出願公表
品種登録の出願先は農林水産省です。既存の出願・登録品種に同一の種苗がないことを確認したうえで、新品種の名称を定め、農林水産大臣を名宛人として願書を提出します。
農林水産省では、出願された願書と説明書の記載内容、写真、添付書類に基づき方式審査を実施するとともに、品種登録の要件のうち「品種名称の適切性」と「未譲渡性」について審査します。
その後、名称変更や書類の補正を経て、不備がないことが確認されれば、官報において出願が公表されます。
仮保護
品種登録の出願公開から登録までの期間中、出願者には仮保護が与えられます。
仮保護とは、出願公表後から登録までの間、出願中の品種の無断利用から出願者を守るための制度です。仮保護が適用されている品種が無断で利用された場合、品種登録後、育成者権者が無断利用者に対して利用料と同程度の補償金を請求できます。
審査
品種登録の審査においては、「区別性」「均一性」「安定性」といった要件の審査が行われます。審査方法は、栽培試験または現地調査によります。試験・調査にかかる期間や手数料は、出願品種によって異なります。
拒絶または審査特性の通知
品種登録の要件を満たさない場合は、出願者に対して拒絶理由とともに拒絶処分が通知されます。拒絶処分に対しては、処分があったことを知った日の翌日から起算して3ヶ月以内に、農林水産大臣に対して行政不服審査法に基づく審査請求ができます。
要件を満たす場合には、品種の特性や情報に誤りがないかを確認するための「特性表」が通知されます。これを受けて出願者は、通知後から30日間以内に、審査特性の訂正を求められます。
登録
審査を経て、拒絶理由に該当しないと判断された場合には、品種登録されます。品種登録されると、品種登録簿に記載され、官報およびインターネットで公表されます。品種登録公表後30日以内に登録料を納付すると、育成者権が発生します。
また、品種登録された品種は、譲渡・販売、そのための展示・広告を行う際、登録品種であることを表示すべき「登録品種の表示義務」が生じます。
品種登録にかかる費用
品種登録にかかる費用は、大きく「出願料」「登録料」「審査手数料」に分けられます。費用は以下のとおりです。
出願料(1種類につき):14,000円
登録料(9年目まで):4,500円/年(※1)
登録料(10年目以降):10,000円/年(※1)
審査手数料(栽培試験):93,000円~(※2)
審査手数料(現地調査):45,000円~(※2)
※1:出願日が2022年4月1日以降の品種の場合。出願日が2022年3月31日以前の品種は登録料が異なる
※2:出願品種によって異なる
なお、登録料を期限までに納めなければ育成者権が消滅してしまうため、注意しましょう。
まとめ
種苗法に基づく植物の品種登録制度は、新品種の育成者の権利保護ひいては農林水産業の発展を図る目的でつくられた制度です。
登録品種の育成者には、その品種を独占的に利用できる権利が認められる反面、これを侵害した者には刑事罰や損害賠償のリスクが生じます。品種登録制度には煩雑な手続きと費用を要する一方で、膨大な時間とコストをかけて開発した新品種の独占権が守られる大きなメリットがあります。
井上国際特許商標事務所には、知的財産に関する知見が豊富な弁理士が所属しています。植物の品種登録をご検討の方は、ぜひご相談ください。
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