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欧州統一特許裁判所(UPC)とは?(前編)|設立の背景や影響、管轄、組織構造を解説

  • 執筆者の写真: Eisuke Kurashima
    Eisuke Kurashima
  • 9月9日
  • 読了時間: 7分
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近年、欧州の特許制度に大きな変化が起きています。その中心となるのが、2023年6月1日に設立された「欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court, UPC)」です。


この前編では、UPCの設立背景から欧州特許制度への影響、管轄、組織構造までを解説します。



欧州統一特許裁判所(UPC)とは


欧州統一特許裁判所(UPC)は、欧州特許庁(EPO)が付与する「欧州統一特許(Unitary Patent, 以下UP)」と従来の「欧州特許(European Patent, 以下EP)」の両方に関する訴訟を管轄する、統一的な司法機関です。


UPCは、欧州における特許紛争を統一的に扱うための新たな裁判所制度で、欧州特許制度をより効率的かつ効果的にするために導入されました。



欧州統一特許(UP)とは


欧州統一特許(UP)は、2023年6月1日から開始された新しい欧州特許制度の核となる概念です。従来の欧州特許(EP)は、複数の欧州国で個別に権利を有効化する必要があるのに対し、UPは制度参加国で一律に特許として扱われます。


UPの対象となるためには、欧州特許出願が公開された後、付与決定から1ヶ月以内にUPを希望する旨を欧州特許庁(EPO)に申請する必要があります。この申請により、EPにUPとしての効力が発生します。手続きはEPOのシステムを通じてオンラインで行われますので、迅速かつ効率的に進められます。


現在(2025年8月)のUP参加国は、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロベニア、スウェーデンの17カ国です。




UPC設立の背景


UPC設立の背景には、長年、欧州各国で個別に特許侵害訴訟や無効訴訟が行われてきたことによる、手続きの煩雑さ、コストの増大、そして判断の不統一といった課題がありました。


UPCは、これらの課題を解決し、欧州域内における特許紛争処理を効率化・迅速化・均一化することを目的としています。また、特許権者の訴訟コストの削減や判断の均一化による法的安定性の向上も期待されています。



UPCがもたらす欧州特許制度への影響

UPCの導入は、欧州の特許制度に大きな変化をもたらします。これまで、EPの権利化は、各国の国内手続きを経て有効化され、権利行使や侵害訴訟も各国ごとに行う必要がありました。しかし、UPCの設立により、UPおよび従来のEPに関して一元的な紛争解決ができるようになりました。


これにともない、以下のような影響が予想されます。


  • 訴訟手続きの効率化:一つの裁判で、複数の加盟国における権利行使が可能となり、迅速かつ一貫性のある判断が期待できます。

  • コスト削減:各国での個別の訴訟が不要になるため、弁護士費用や翻訳費用などの削減が見込まれます。

  • 権利行使の統一性:欧州全域で統一された基準に基づく判断がなされるため、権利行使の予見可能性が高まります。

  • 中小企業への恩恵:従来、多大なコストと労力を要していた欧州特許の権利行使が容易になることで、中小企業にとっても欧州市場で競争力を向上させやすくなります。


これらの変化は、欧州で事業を展開する企業にとってメリットがある一方で、特許戦略や紛争対応のあり方を再検討する必要性も示唆しています。



UPC協定(UPCA)について


UPCの運営や管轄権は、「欧州統一特許付与及びその効力に関する条約」(Unified Patent Court Agreement、通称UPCA)という国際条約によって定められています。このUPCAは、UPCの設立根拠であるだけでなく、その詳細なルールブックとしての役割も担っています。


具体的には、主に以下のような事項が規定されています。


  • UPCの設立と管轄権:どのような事件をUPCが管轄するのか、その範囲が明確にされています。

  • UPCの組織:中央支部、地方支部、控訴裁判所といった各組織の役割や、裁判官の任命などについて定められています。

  • 手続き:訴訟の提起方法、審理の進め方、判決の執行方法など、具体的な手続きが規定されています。

  • オプトアウト制度:EPをUPCの管轄から除外できる「オプトアウト」に関するルールも、このUPCAで定められています。


UPCAは、欧州における特許紛争処理の共通基盤を築くものであり、欧州特許制度の運用に不可欠な条約といえます。ここからは、UPCAに定められているUPCの管轄と組織構造の概要を説明します。



UPCの管轄


UPCの管轄権は、統一特許事件、従来の欧州特許事件、および関連事件に及びます。UPC時代においては、自社の特許ポートフォリオがどちらのカテゴリーに属し、どのような管轄権が適用されるのかを正確に把握することが、訴訟戦略を立てる上で極めて重要です。


統一特許(UP)事件

統一特許事件とは、 UPに関する訴訟のことです。UPの有効性、侵害、または無効性に関する訴訟は、すべてUPCが専属的に管轄します。


具体的には、以下のような訴訟が統一特許事件としてUPCで扱われます。

  • UPの侵害訴訟:統一特許権を侵害していると主張する当事者からの訴訟

  • UPの無効訴訟:統一特許の有効性に異議を唱える当事者からの訴訟

  • UPの取消訴訟:統一特許の登録に関する手続き上の問題等を争う訴訟


これらの統一特許事件は、UPCのいずれかの支部で提起することが可能ですが、通常は地方支部または中央支部で審理されることになります。UPCは、これらの事件に対して統一的な判断を下すことを目指しており、欧州全域で一貫した特許保護・執行を可能にします。


従来の欧州特許(EP)事件

UPC協定の参加国で付与されたEPについては、一定の条件下でUPCが管轄権を持つことになります。この場合、訴訟はUPCの地方支部または中央支部で提起されます。


ただし、特許権者には「オプトアウト」という選択肢が用意されています。これは、EPの特許権者がUPC協定発効後の「暫定期間(Transitional Period)」中に申請することで、自社のEPをUPCの管轄から除外できる手続きです。オプトアウトを選択した場合、その特許に関する紛争は、引き続き各国国内の裁判所で解決されます。


関連事件

UPCで係争中のUP事件やEP事件と密接に関連する関連事件についても、一定の条件下でUPCに管轄権が及びます。例えば、UPCで無効が争われている特許の侵害訴訟などが該当します。関連事件もUPCで扱えるようにすることで、関連する複数の訴訟を一本化し、効率的な審理を行うことが期待されています。



UPCの組織構造


UPCの組織は、大きく分けて「中央支部(Central Division)」「地方支部(Local Divisions)」「控訴裁判所(Court of Appeal)」の3種類の裁判所で構成されています。そして、UPCの裁判官は各国の裁判官経験者や特許分野の専門家から任命されます。また、必要に応じて技術的な専門知識を持つ専門家が審理に参加する制度も設けられています。


支部(中央支部・地方支部)と控訴裁判所

UPCは、その裁判権の行使を効率的かつ公平に行うために、複数の支部で構成されています。これらの支部は、それぞれの役割に応じて、地方支部、中央支部、控訴裁判所に分かれています。


まず、地方支部は、各加盟国に設置され、UPおよび EPに関する第一審の訴訟を扱います。具体的には、特許侵害訴訟や無効訴訟の多くがここで審理されます。


次に、中央支部は、ドイツのミュンヘンとフランスのパリに設置されています。中央支部は、統一特許に関する事件のうち、地方支部が管轄しない事件(統一特許の取消請求など)を第一審として審理するほか、一部の専門性の高い事件を取り扱います。


最後に、控訴裁判所は、ルクセンブルクに設置され、地方支部および中央支部からの控訴を審理する上訴裁判所としての役割を担います。控訴裁判所は、UPCの判決の統一性を確保し、欧州特許法に関する法解釈の基準を確立する重要な機能を果たします。


裁判官と専門家

UPCにおける裁判官には、欧州各国で豊富な特許訴訟の経験を持つ専門家が選任されます。裁判官は、法律の専門家である法律裁判官と、技術分野の専門知識を有する技術裁判官で構成されており、複雑な特許紛争を多角的に審理します。


  • 法律裁判官:特許法に関する専門知識を持ち、訴訟手続きや法解釈を担当します。

  • 技術裁判官:特定の技術分野における専門知識を持ち、技術的な争点を判断します。


また、UPCでは、個々の事件の専門性に応じて、外部の専門家が審理に参加する機会も設けられています。これにより、より的確で公正な判断を下すことが期待されています。裁判官と専門家の専門知識を組み合わせることで、UPCは高度な専門性が求められる特許紛争に対応できる体制を整えています。



まとめ


UPCは、欧州特許制度における紛争解決の在り方を大きく変える制度改革です。これらの仕組みは、効率化とコスト削減、そして判断の統一による法的安定性の向上をもたらす一方で、企業には新たな戦略的対応が求められます。


後編ではUPCの手続きの流れと日本企業が取るべき対策について解説します。


 
 
 
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