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欧州統一特許裁判所(UPC)とは?(後編)|手続きの流れと日本企業が取るべき対策について解説

  • 執筆者の写真: Eisuke Kurashima
    Eisuke Kurashima
  • 9月9日
  • 読了時間: 9分
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2023年6月1日に設立された「欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court, UPC)」。前編では、UPCが導入された背景から欧州特許制度への影響、管轄、組織構造を解説しました。


今回の後編では、UPCでの手続きの流れと、UPC時代に企業が取るべき特許戦略について掘り下げます。特許権者がUPCの管轄権から一時的に除外される「オプトアウト」制度についても解説しますので、ぜひ最後までお読みください。



欧州統一特許裁判所での手続きの流れ


欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court, UPC)での手続きは、訴訟提起から始まり、審理、判決、そして執行という流れで進みます。


訴訟提起

UPCにおける訴訟提起は、統一特許(Unitary Patent, UP)か、従来の欧州特許(European Patent, EP)かによって手続きが異なります。


UP(統一特許)の場合

UPCのいずれかの支部(中央支部または地方支部)に訴訟を提起することになります。具体的には、統一特許の取消請求などに関する事件は中央支部に、中央支部が管轄しない事件については、被告の住所地や侵害行為地を管轄する地方支部に訴訟提起します。


EP(欧州特許)の場合

特許権者がUPCでの審理を希望しない限り、UPC協定(UPCA)の発効後一定期間(原則として発効から7年間)は各国の国内裁判所に訴訟提起することも可能です。UPCでの審理を希望する場合は、UPの場合と同様、UPCの管轄権が認められる支部に訴訟提起します。ただし、特許権者が「オプトアウト」を選択している場合は、UPCでの審理はできません。


オプトアウトとは

オプトアウトとは、UPの対象とならない従来のEPについて、UPCの管轄から外れることを選択する手続きです。申請方法としては、UPCの電子登録システムを通じて行うのが一般的です。申請にあたっては、特許番号や権原を証明する書類が必要となります。


UPCAの発効日である2023年6月1日から、暫定期間(Transitional Period)が開始されました。この期間中は、EPについて、UPCの管轄からオプトアウトすることができます。この暫定期間は原則7年間で、さらに7年間延長される可能性があります。オプトアウト自体は暫定期間中いつでも可能です。ただし、特許に対してUPCで既に訴訟が提起されている場合は、オプトアウトできません。


オプトアウトの手続きをしておくことで、欧州各国で個別に訴訟を提起や管理ができるため、戦略的な判断が可能になるメリットがあります。一方で、UPCの統一的な判断や迅速な手続きの恩恵は受けられなくなります。


訴訟提起にあたっては、UP、EPのどちらの特許権を対象とするのか、オプトアウトはあるかどうかなどを事前に確認し、最適な戦略を立てることが重要です。


審理

UPCにおける審理は、迅速かつ効率的な紛争解決を目指して設計されています。


審理の進め方としては、まず書面による手続きが中心となります。当事者は、訴状、答弁書、準備書面などを提出し、主張や証拠を交換します。そのうえで、裁判官が、提出された書面や聴聞の内容に基づき、事実認定や法解釈を行います。


審理の主な特徴は以下の通りです。


  • 書面審理の重視:多くの手続きは書面で行われます。

  • 聴聞(Hearing):必要に応じて、口頭での弁論や証人尋問が行われることがあります。

  • 専門家の活用:裁判官は、技術的な問題について専門家の意見を求めることがあります。

  • 迅速な進行:UPC協定に基づき、審理は迅速に進められることが期待されます。


判決と執行

UPCにおける訴訟手続きの最終段階は、裁判所による判決とその執行です。UPCの判決は、協定参加国全体に効力を持つUPについては原則として参加国全体で、EPについては原則として指定国で執行されます。


UPCの判決内容は、特許侵害行為の停止を命じる「差止命令」、特許権者が被った損害に対する賠償を命じる「損害賠償」、特許の有効性を判断し、無効を宣言する「無効」などがあります。


判決の執行は、各国の執行法規に基づいて行われます。UPCは、判決の執行を迅速かつ効果的に行うための国際的な協力体制を整備しています。



効率性と実効性を高めるUPCの仕組み


UPCでは、侵害訴訟と無効訴訟は原則として一つの裁判所に提起されます。これにより、一度の訴訟で両方の判断を得ることが可能となり、効率的な紛争解決が期待できます。


また、特許侵害が発生したとき、特許権者は差止請求と損害賠償請求の両方の請求が可能です。これにより、特許権者は侵害行為の停止とそれによって生じた損害の回復を同時に求めることができます。


差止請求とは、侵害行為の即時停止を求めるものです。UPCは、侵害の事実が認められた場合、迅速な差止命令を出すことができます。特許権者は、これによりさらなる損害の拡大を防ぐことが期待できます。


損害賠償請求とは、特許権者が被った経済的損害の賠償を求めるものです。賠償額は、侵害特許を用いて作られた物の売上利益やライセンス料相当額などをもとに算定されます。UPCでは、損害額の立証を支援するための開示手続きなども整備されています。



企業が取るべき特許戦略


UPCの導入は、日本企業に、欧州全域の特許ポートフォリオ管理戦略の見直しを迫ります。各特許の重要度やリスクを再評価し、自社の状況に合わせて戦略を立てましょう。


オプトアウトの選択を検討

オプトアウトとは、従来のEPの執行を、UPCではなく各国の国内裁判所で行うことを選択する手続きです。これにより、UPCの強力な差止請求や、一度の訴訟で複数の加盟国における無効判断を得られる可能性から、自社の権利を一時的に回避することが可能になります。オプトアウトを選択することには、以下のようなメリットがあります。


  • 従来の審理の維持:複数の加盟国で個別に訴訟を提起・管理する手間やコストを避けたい場合、オプトアウトにより、これまで通り各国の裁判所で審理を進めることができます。

  • 予測可能性の確保:特定の国でのみ係争が発生している場合や、各国の判例・実務に精通した弁護士に依頼したい場合など、安定した訴訟戦略を継続できます。

  • UPCによる広範な効力失効リスクの回避:UPCでは、一つの判決でUPが効力を失う可能性があります。オプトアウトしない場合、このリスクを負うことになります。


ただし、オプトアウトして「UPCのメリットを享受できない」ことは、デメリットにもなり得ます。UPCは、迅速かつ効率的な訴訟手続き、専門性の高い裁判官による審理、そして国境を越えた差止命令などを提供します。オプトアウトすると、これらの恩恵を受ける機会を失います。


これらのメリットとデメリットを踏まえると、オプトアウトは以下のような場合に有効な戦略といえます。


  • 早期の訴訟提起を避けたい場合:UPCの運用がまだ確立されていない段階で、馴染みのある国内裁判所で訴訟を進めたい場合。

  • 特定の国でのみ訴訟を提起したい場合:UPは欧州全域で統一的な効力を持つため、特定の国でのみ権利行使をしたい場合、UPCでの一括審理は、特許権者にとって必ずしも有利に働くとは限りません。

  • 国内特許としての執行を重視する場合:UPCでの手続は、一括で権利の有効性や侵害の有無が判断されるため、リスクも大きくなる可能性があります。


オプトアウトは、一度選択すると、原則として取り消すことができません(ただし、一定期間内に撤回は可能)。そのため、自社の欧州特許戦略と照らし合わせ、慎重に検討しましょう。


訴訟提起する裁判所を検討

UPに関する侵害または無効の訴訟は、原則としてUPCの専属管轄となります。


統一特許は、単一の権利として欧州特許庁(EPO)から付与される新しい制度であり、その権利行使や無効化はUPCで行われることになります。一方、従来の方式で付与されたEPについては、UPCAの効力が及ぶ加盟国においては、UPCと各国の国内裁判所の両方の管轄となります。


この場合、どちらの裁判所に訴訟を提起するかは、特許権者(または侵害訴訟を提起する側)が選択することになります。どちらの裁判所に提起すべきかは、訴訟の迅速性、費用、判決の執行可能性、裁判官の専門性、そして自社の訴訟戦略などを総合的に考慮して決定する必要があります。


例えば、迅速な差止命令を求める場合や、欧州全体を網羅する統一的な判断を求める場合にはUPCが有利になる可能性があります。しかし、特定の国でのみ権利行使を考えている場合や、国内裁判所の判例・手続きに慣れている場合には、国内裁判所を選択するメリットもあります。


訴訟戦略を検討

UPCのもとでは、自社の特許権を侵害していると疑われる行為に対して、迅速な差止請求と損害賠償請求をまとめて行うことが可能です。


一方、第三者(特に競合他社)にとっては、自社の事業活動が他社の特許権を侵害している可能性がある場合、または他社の特許権の有効性に疑問がある場合、UPCでの無効訴訟提起が有効な戦略となり得ます。


また、侵害訴訟と無効訴訟が同時に提起された場合、関連事件として併合審理される可能性もあります。


以上を踏まえて、訴訟戦略を立てる際には次の3つのポイントを押さえておきましょう。


  • 侵害訴訟と無効訴訟の連携:侵害訴訟を提起する前に、相手方特許の無効可能性を検討し、場合によっては無効訴訟をUPCで提起することも視野に入れるべきです。

  • 管轄権の検討:UPに関する事件かEPに関する事件かによって、管轄となる支部が異なります。自社の権利行使または防御において、どの支部が最適かを検討することが重要です。

  • オプトアウトの活用:オプトアウトを選択した場合、従来の各国裁判所での審理となります。この場合、各国の法制度や過去の判例を考慮した戦略が必要となります。


欧州特許ポートフォリオ管理への影響を検討

UPCの導入は、欧州における特許ポートフォリオ管理に大きな影響を与えます。


これまで欧州特許の権利行使は、各国の国内制度に則って個別に行われてきました。しかし、UPCでは、UPおよび一部のEPについて、単一の裁判手続きで広範な管轄権を持つことになります。この変化は、以下のような点でポートフォリオ管理戦略の見直しを迫ります。


  • 権利行使の効率化とコスト:単一の訴訟で複数の加盟国における侵害を同時に主張・差止請求できる可能性があります。これにより、従来必要であった各国での個別訴訟と比較して、時間とコストの削減が期待できます。

  • 無効化リスクの集約:UPCの地方支部または中央支部での無効審判請求により、統一特許全体が無効とされるリスクが生じます。従来は国ごとに無効化の判断が分かれる可能性がありましたが、UPCでは一元化されるため、リスク管理がより重要になります。


他にも、予め次のような点に対応しておきましょう。


  • 訴訟戦略の準備:侵害訴訟・無効訴訟のどちらに有利か、迅速な対応体制を構築する。

  • 費用対効果の検討:UPC利用にともなう訴訟費用や弁護士費用、翻訳費用などの見積もりをとる。

  • 判決の執行可能性を検討:関連国での判決執行の可能性と、その手続きを確認する。


以上を踏まえて自社の欧州特許ポートフォリオ全体のリスクを評価し、適切な戦略を立てることが、UPC時代における特許戦略の成功の鍵となります。



まとめ

欧州特許制度に大きな変革をもたらしたUPCの導入は、欧州で特許を展開する日本企業にも新たな戦略的判断を迫っています。


なかでも、オプトアウトを活用したり訴訟提起先を選択したりする際には、リスクとメリットを慎重に見極める必要があります。自社の特許ポートフォリオ全体を俯瞰し、UPCの特徴を踏まえた柔軟な対応が、これからの欧州市場で競争優位性を築く重要なポイントとなるでしょう。


 
 
 

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